年の瀬に遺言書を読む

何故だかここ最近生臭い魚のニオイでえずきそうになる。嘔吐しそうになる。魚のニオイは全然平気だったのに。女性は子を身籠るとやたらニオイに敏感になるという。オレもどういうわけだか、こうもニオイに敏感になるなんて妊娠でもしているのだろうか。何一つやましいコトなんかしていないのに、これではまるで処女懐妊した聖母マリアのようではないか。わしマリア?
 
当直明けの朦朧とする意識の中ジャージに着替え院内大掃除。相談室倉庫に山積みとなったケース記録を整理してると数年前に退院した患者さんが書いたスケッチブックを発見。オレが入職する前の患者さんなので実際に会った事はナイのですが。色鉛筆で描かれた風景画に混じってボールペンの文字を発見。読んでみるとどうやら遺書のような内容。「わたしは自分の旦那に何もしてあげられなかった。だから私も今ひとりぼっちになっている。謝ろうと思っても今はもう謝れない。」といった内容。ケース記録を読み返すとその人は結局無事に退院しているようなのですが、突然現れたスケッチブックの1頁に細いボールペンで書かれたその遺書のようなモノを読み、同僚と思わずしんみりしてしまいました。人が死を覚悟した時に書く文章ってのは、内容云々を越えたトコロで何か心を突き動かす力があるんだなぁ、と思わず涙を浮かべつつ、同僚たちと次の頁をめくるとそこには「ズンズンズンズンズンズンドコ ズンズンズンズンズンブンドコ 学校がえりの森かげで」とドリフのズンドコ節の歌詞が書いてあり、一同ぶっ倒れました。しかも一箇所「ズンドコ」が「ブンドコ」になってるし。