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rockくんから借りた『真説 ザ・ワールド・イズ・マイン』読了。ヤンサンの最も熱い時期を駆け抜けた高テンションの最問題作。ソレが大幅な加筆を加え発売された全5巻の新装版は圧巻のスピード感で物語のイントロから壮絶なフィナーレまで、とにかくヒリヒリとした読了感を残し稲妻のように駆け抜けました。主人公モンとトシによる殺人ロードムービーは「ナチュラルボーンキラーズ」より純度が高く、「ボニー&クライド」より絶望的。さらには突如として出現し街を破壊し無作為に命を奪い続ける正体不明の怪獣ヒグマドンの迷走は神々しくもある。このストーリーの主幹を成す2つの軸は互いに交叉しながら絶望の終焉まで決してその攻撃性を緩めることなく疾走し続ける。
とにかく秀逸なのは「生」と「死」の境目。全ての登場人物たち、その全てに必ず訪れる「死」。作者新井英樹は、その抗う術のない「死」に至るまでの日常を執拗に丁寧に丁寧に描き出す。それがゆえに感じざるを得ない新井英樹の全ての登場人物への愛。彼らは食事をとり、家族と語らい、子どもを愛し、日常を過ごす。そして唐突に訪れる惨殺の瞬間。「死」とは「日常」の延長線上に存在する普遍的事実であることを見せつけられる。新井英樹は全ての登場人物に愛をもって殺戮を生命の儀式へと昇華している。その筆力はとにかく圧巻。とくに日常のレールを踏み外し希代の殺人鬼へと変貌して行くトシの母親が自殺するエピソードと、極めて純度の高い己の本能を圧倒的な暴力へと昇華し続ける鬼神モンの生い立ちを追うエピソード。この2つは涙なくして読めません。こんなにも凄惨で壮絶な悲劇であるにも関わらず、コマの一つ一つから感じるのは強烈な愛。吐き気を催しつつも抱きしめる感覚。
またこの壮絶で荘厳なラストはオネアミスの翼に通じる感動。思わず読みながら脳内には坂本龍一「FADE」が流れてましたよ。映画『回路』のラストのような絶望感に、『2001年宇宙の旅』のラストのような宗教的とも言える神々しさ。このラストは今後も「ザ・ワールド・イズ・マイン」がその作品を愛する議論のサロンと化する可能性を示唆するに充分な幕引きです。スゲぇ!
オレ的には由利総理にとてつもないヒーロー性を感じる。物語中盤あたりでその役目を終えてストーリーの表舞台からは静かに姿を降ろすが、「人をなぜ殺してはイケナイのか」って、そのプロパガンダを体現してみせたヒーロー性をオレ個人としては「カッコイイ」と感じてしまう。極めてブサイクなキャラクターとして設定されてはいるものの「こんな腹黒いタヌキになりたい」と密かに思ってしまった。腹黒だと確信し潔く腹黒になりえるのは、頭の良さの裏返しだから。
とにかくこの常軌を逸した殺人逃避行人間讃歌の素晴らしさは実際読んで「体感」しなきゃ味わえない。絵のタッチが苦手な人が多いとは思うケド加筆新装版が出たこの機会に是非ご一読を。吐き気を伴う愛、こんな感覚は他ではちょっと味わえない。映画化するなら監督は故深作欣二か三池崇か塚本晋也、もしくはオリバー・ストーンデビッド・リンチクエンティン・タランティーノあたりで、どうか。

真説 ザ・ワールド・イズ・マイン (1)巻 (ビームコミックス)

真説 ザ・ワールド・イズ・マイン (1)巻 (ビームコミックス)