宇宙の誕生と終焉を想う

dogs2006-08-19

職場の同僚娘に崎陽軒のシュウマイを頂いたのでhiro☆くんと中華三昧をして食べました。献立はシュウマイ、麻婆春雨、玉子とカイワレのスープ、パイナップルプリンです。以前からシュウマイかギョウザかっつったらギョウザを選んでしまうオレにとってイマイチこのシュウマイの旨いマズいがよく分からないのですが、やっぱり崎陽軒のシュウマイは旨いほうに分類されるようですね。そんな感じで味の判定ができない場面にでくわすオレは、もっと舌の訓練をせねば、とつねづね思います。
 
さて、そんな中華三昧を堪能しつつ話題は"ドラえもん"だの"バミューダー海域"だの"宇宙の神秘"だの"人間の存在意義"だの。こーゆー話が出来る友達がいるってのはホントに有り難いことです。オレらの住んでる宇宙ってのは150億年前のビッグバンから誕生し膨張を続け、やがて収縮しあと50億年程で終焉を迎えると言われてるみたいです。この宇宙に存在する森羅万象全てのモノはそれぞれに個々の生命活動や種族として繁栄を続けているにも関わらず、その全てを完全に否定するかの如くこの宇宙自体が全てを飲み込んで消滅する。この世の中に"永遠"なんてものはナイってことは理解できるんだけど、それはオレらの実感しうる世界に於ける事であって、その遥か彼方のとてつもなくマクロな視点に於いてはせめて宇宙くらい"永遠"であって欲しいが、それさえ"永遠"でないという事実がとても寂しい。宇宙でさえ"永遠"ではないのなら、何故オレらは"存在"しているのか。"存在"すること自体にはたして意味があるのだろうか。と、hiro☆くんは1年に2回程考えてしまうらしいです。
ここらへんが十人十色と言うか、個人個人の価値観の違いとでも言うか、オモシロいもので。50億年後に宇宙が終焉を迎えるという事実を"寂しい"ととらえるhiro☆くんとは正反対で、オレは50億年後に宇宙でさえ終わってしまうのであればオレらが生きるせいぜい70〜80年なんて本当にちっぽけなモンで、そのちっぽけな存在でしかないなら何やってもイイじゃん的な発想になってしまい気が楽になってしまいます。 "どうせ50億年後に宇宙が消滅しちゃうならせめて自分が生きてるうちに好きな事やっとかなきゃ損だ"みたいな。まったく同じ「50億年後に宇宙が消滅する」って事象に対して"自分の存在意義を問いただし寂しくなる人"と"どうせ消滅するんだからと開き直って気が楽になる人"と、まったく逆ベクトルで価値観がそれぞれ展開してしまう。オモシロ〜イ。「発つ鳥跡を濁さず」と言う言葉がある反面「あとは野となれ山となれ」という言葉があるように。オレは完全に全ての発想が後者の「あとは野となれ山となれ」的な発想なので、宇宙の消滅に関しても開き直り的な発想になるのでしょうね。始末の悪い性格です、ホント。 ある意味ポジティブ・シンキング(前向き思考です)。ポジティブ・シンギング(前向きな歌唱です)。アイアム・シンギング・スター(私は期待の歌手です)。アイアム・スイングアウト・シスター(私はswing out sisterです)。
 
京山チャンが京都へ旅立ってしまい、こーゆー類いの話ができる友達が岡山に居なくなっちゃったな〜と残念に思ってたので、久しぶりにしたhiro☆くんとの超現実議論はちょっと楽しかったです。 旧サイトを運営してるときからゲイの話題が極めて少ない傾向にありましたが、ブログに移行し更にここはゲイブログなのか何なのかサッパリ分からないブログになってきましたね、こりゃ。